256 勉強でのイライラを消す方法

算数で、リットルとかデシリットルとか、
いろいろ単位がでてきます。

単位を1.2リットルは何デシリットルか?
などといった問題をたくさん出されて、
イライラしていた女の子がいました。

あーめんどくさい。
しかめっ面をしてまゆをひそめています。

これはまさに勉強の壁のひとつ、
「実物がない」場合に起こる生理的現象。

その子は、ケーキ作りが好きなことを知っていました。

それで、聞いてみました。

いつもケーキ作るとき、
牛乳はどのくらい使うの?

  1カップです。

1カップってどのくらいの量なの?

  知りません。

じゃあ、ちょっとカップ見てみようか?

  200ccって書いてあります。

それはリットルで言うと、どういうことになるかな?

  0.2リットルでこれが2デシリットルだ!

頭の中だけで、無理矢理計算していた単なる数字と
ただの考えだけでしかなかった単位が、
彼女の中で、実際に普段使っている物と結びつきました。

その結果しかめっ面がなくなり、
イライラが消えて、
単位やそれに関する数字に
興味を持てるようになったのでした。




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255 いつだってやり直せる

延々と高層ビルの窓拭きをしていた20代の前半。

高いところからの見晴らしは、素晴らしいのですが、
この先自分は、どうしたらいいんだ、
なんにもできないけど、
と内面は真っ暗。

何かを読もうと思えば、
あっという間に眠くなる、
寝てしまう。

そんな状態では、なにもできるようにはならないぞ、
おれの人生は、このまま窓拭きで終わってしまうのか?
と、絶望的な気分のまま過ごした数年間。

そんな中で、「勉強の技術」を知りました。

そこで、もしかしたらなんとかなるかも。
というかすかな希望。

パソコンが普及しはじめた頃の話です。
まずは、タイピングの練習をはじめてみました。

しばらく練習したら、できるようになりました。


うわ~

自分もできるじゃん。


そこからスタートして、
その後は、ウェブサイトを作ったり、
メールマガジンを発行したり、
そこから仕事になるようにしたりして
今に至ります。


俳優のトム・クルーズさんも、
昔は字が読めず、
当然脚本も読めずに苦労していたそうです。

そんな彼も「勉強の技術」で助けられた。
とのこと。
→ http://www.tsuiteru.jp/study/article/tom.html


未来は真っ白い紙のようなもの。

そこに何を描くのか、
絵でもいいし文章でもいいし、
よいこと、楽しいこと、わるいこと、
なんだって描けるでしょう。

今日、何をするかが、未来を作っていくわけで、
過去がどれだけダメだったかは、関係ありません。

勉強のやり方を知り、
必要な勉強をして、
学んだことを実践することで
人生を切り開いていく。

そのお手伝いができたらいいなと、
思っております。



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一緒に仕事したい人

どんな人とだったら、一緒に仕事をしていきたいでしょうか?

学校の成績が優秀な人と仕事したいですか?

で、特に優秀とされる人は、周りを蹴落として、
自分一人で勝ち抜いて達成してもの。

それはそれで、ひとつの能力ではあります。

ただ、その身についたやり方で、
社会の中でやっていくことはできません。

社会ではどうしたって、他の人に助けてもらう必要が出てきます。
助けてもらうためには、自分も助けることができる必要があります。

その人がいくら勉強ができて優秀だったとしても、
それを鼻にかけるような人から
何かを買ってあげたいとは思いませんよねえ。

今の学校には、生徒が、周りの勉強で困ってる人を、
どうやって助けてあげられるか?
っていうノウハウやら、仕組みやらは存在しません。

生徒が他の生徒を助けられるようなノウハウと
場があって、お互いが実際に助けて結果がでるような場があれば、
それが「生きる力」を育てるってことになるんではないでしょうか?


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基礎からわかる勉強の技術

253 勉強は好きですか?



  子供のやる気がない。

  一応、宿題はやっているが、自分から進んで勉強しない。

  とにかく、ゲームばかりしていて勉強しない。

  言うことを聞こうとしない。
  だから、やって欲しいことをしない。


中学生、高校生のお子様をもつお母様からよくいただく相談。

それで、お母様はどうするのかというと、
さらに、強く言ったり、怒鳴ったり。


子供はますます聞く気と、
やる気がなくなっていきます。

そんな状態のある中学生に対して質問してみました。



  勉強は、好きですか?



  きらい。やりたくない。



聞くだけ無駄だったかもしれません。

自分が十代のころ、
親や先生といった、大人の方々に
どういう態度をとってきたかを考えれば、
目の前の中学生の態度も当然だと思えます。

まあやれやれと言われれば、
きらいになるのももっともだと思います。


こういった場合、どうするか?


まずは最初に、
その中学生が好きだったり、
興味を持っている分野を
わたしが手伝いながら、
一緒に勉強していきます。

これは、学校の勉強に限りません。

その子はホームページを作ってみたい
と言っていたので、
ホームページ作成ソフトのマニュアルを
用語を一緒に調べて理解させながら
読み進めます。

興味があるので、
やれと強制する必要はなく、
いやがられることはありません。

1回90分を4,5回続けて、
そのソフトを使えるまでになりました。

次に学校の勉強に取りかかります。
数学は他の科目と比べれば、
少しはできると言うので、
数学をやっていきます。

ソフトのマニュアルを読み進めていったのと
同じように用語を調べさせながら進めていきます。

はじめは嫌そうにやっていましたが、


  ああ!そういうことなのか!


と、分からなかった部分が、
分かるようになっていきます。

すると、興味がわいてきたようで、


  じゃあ、これはどういうことなんですか?


と質問が出てきます。

理解していない単語や記号を見つけて処理することで、
自分でその疑問の答えを出すことができました。

それで、ますます興味を持つようになって
顔つきが変わってきました。

ここまでできたら、あとは簡単です。





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基礎からわかる勉強の技術

できた!という経験



鉄棒を握って、何度も何度も地面をけって挑戦した逆上がり。
ある瞬間、くるりと回って頭が鉄棒の上に来ている。

あ、できた!!

自転車で補助輪を外して、前に進もうとするのだけど、
すぐ倒れてしまう。
なんどか倒れて、で、ある瞬間

あ!

という感じでペダルを踏んで進み始める。


水泳でバタフライをやろうと、
腕をぶん回すが、思いっきり水をのんでしまい、
なかなか足と手のタイミングが掴めない。

人の泳ぎを見て、足と手のタイミングを見て、
で、イメージを作って、で、実際にやってみる。

できた!

息継ぎも問題ない。

タイピングの練習。
でてくる文字を打つ。
何度も何度も打つ。
次第に間違いが減っていく。
スピードも上がっていく。
で、どこかの時点でキーボードを意識することなく、
考えたことを文字で打ち込むことができるようになっている。

あ、できてんじゃん。

こういった練習して努力して
できた!という経験を生徒さんがたくさん持てていると、
アドバイスが楽だ。

今の時点で、学校の勉強があまりできていないとしても、
それほど手間がかからずに、勉強もなんとかできるようになる。

できた!

っていうのを勉強の上でも、経験させやすい。
その気持ちよさが、やる気の原動力になる感じ。

あと、勉強において、
何をもって、理解できたと言えるのか、
言葉で説明して伝えるのではなく、
本人の実感でもって、伝えることができる。



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基礎からわかる勉強の技術

252 夢の学習法で夢をみる


  参考書、枕の下に置いて、
  ねている間に中身が全部頭の中に
  入ってればいいなあ!


ある中学生が夢のようなことを言っています。
まあ、仮に実現したとして、
テスト対策のためだったら、
役に立つかもしれません。

寝ている間に参考書の試験範囲の全ページが、
すべて頭の中に記録されている。

ただし、そもそも参考書に書かれていることを
理解していません。

なんでそれがそうなるのか、
なんでその答えがでてくるのか
わからないまま、答えだけ知っている状態。

歴史の年号とか、単語の綴りとか、
単に暗記していることを問うような試験のためだったら、
これは役に立つでしょう。

でも、自分で考えて答えを導き出したり、
なにかの技術を身につける。

といったときには、
それだけでは足りません。


  聞くだけで英語力アップ!


寝ている間に、枕元でなにか英語のスピーチを流します。
通勤の電車で、iPhoneで流しっぱなしにして聞きます。

それで、スピーチの英語が
すべて頭の中に記録され、
自由に頭の中で再生できるようになったとします。

でも、そもそも
そこで話されている英文の意味をわかっていなかったら、
それが頭の中にあったからといって、
わからないものはわからないままです。

オウムのように、いくつかのフレーズを繰り返すことは
できるようになるかもしれません。

でも、なにか自分が持っている考えを、
相手に伝わるような形に組み立てて、
言葉を選んで伝える。

といった高等な作業は、
いくらフレーズを大量に覚えたところで無理です。

必要なのは、理解することです。

なにかを丸ごと暗記したり、記録できたとしても、
それは理解したことにはなりません。



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基礎からわかる勉強の技術

脳をよろこばしてないで、おまえがよろこべよ。

書店に行くと、脳がどーたらこーたら
というタイトルやら見出しが目に入ってくる。

脳のために、あれしたりこれしたりして、
脳をよろこばすんだそうだ。

おまえは脳の下僕か!

とツッコミたくなる衝動に駆られる。

そりゃあねえ、脳にちゃんと血液が回って、
酸素が行き渡ってと、
モノとして、きちんと機能するように、
ある程度の配慮をする必要はある。

でもねえ、その脳を使っているのは何なんですか?

っていう視点が欠けてるのではないでしょうか。

脳はコンピュータに例えらる。
コンピュータは、計算する。
コンピュータがそれ自体で勝手に計算を始めることはない。

何が、誰が、コンピュータを使っているのか?

ということ。


251 スパルタ教育の行く末



  そんなこともできないのか!


小学生のお子さまが宿題をやるのを
見ていたお父さんが怒鳴ります。

かけ算の練習問題。

お子さんは、問題ができずにとまっています。

できないことで、苦しんでいる中、
さらにお父さんからの怒鳴り声が飛んできます。

それで、さらに苦しんでわけが分からなくなります。

お父さんには、悪意はありません。

お子さんのためを思って、
宿題を見てあげていたのでしょう。

でも、これがどういう結果を引き起こすか?



そのお子さんが大人になったら、
なってそうな状態の例がありました。
 
ビジネスマンとしては、成功されていて、
責任のある地位についていらっしゃるある方。


  数字が苦手。


  おれは掛け算ができないけど、
  それでもこれだけ結果を出してきたんだ!
  だから、わからなくてもいいんだ!


なんか、意地になっているように見えます。

わたしは、そのかたのおっしゃることについて、
否定したりせずに、
なんで、わからなくていいと思うのか?
つっこんで聞きだします。

するとでてきたのが、
子供の時、かけ算の宿題をやっていて
お父さんに怒鳴られたこと。

やるのが嫌になって、
それ以降、数字に関わることを避けてきたのだそうです。


  かけ算ができないのがおれなんだ!
  できるようになったら、
  おれではなくなってしまう!


などとわけの分からないことを
言って反発していたのですが、

「かけ算」「算数」「×(掛けるの記号)」などの単語、記号を
ひとつずつ調べてもらいます。

飴の袋があったので、
飴を使って、3人にあめを4個づつ配る様子を
表します。

などなど、掛け算が使われる例をいろいろ考えてもらいます。


  えーーー、こんな簡単なことだったの?
  おれはいままで何をやってたんだ!

 
最後にはかけ算ができるようになって、
妙に意地を張っていたような部分は
消えてなくなったのでした。



指導者の選び方

人に指導するときには、指導者が持っている技術や、様々な考えよりもまず、教えようとする相手を観察する能力が重要だ。観察した上ではじめて、相手がどの程度できるのか、できないのか、把握することができ、その上で適切な段階を設定することができる。

こうすれば、できるはずだ。という指導者自身の思いこみがある。説明して、やらせてみて、うまく行かない。そうしたときに、できていないという現状、相手が実際になにをしていて、どこまではできていて、どこからできていないのか、を観察する。そして、自分が持っている「こうすればできるはずだ」という考えを修正して、うまくできるように新たなことを試みてみる。その繰り返しで、指導者も教える側も成長していくことができる。

もしそうできないとしたら、指導者の「こうすればできるはずだ」という考えは、固定観念となり、考えを変えることができなくなる。その結果、うまく行かない理由を、相手の能力が低いとか、才能がないとか、指導者側ではなく、相手のせいにしてしまう。当然、そこから先には進まない。

さらに、指導者が、教える相手の向上よりも、指導者自身の正しさを主張することの方により多くの注意を払っている場合がある。その人は、自分が持っている考えでは、うまく行かなかったときに、うまく行かなかったと、認めることができない。

こういった指導者が目的にしていることは、相手の技術の向上ではなく、自分の正しさを、より確固としたものにすることである。さらには、指導者本人が、自分が何を目的にやっているのか、自覚がない。だから、教えられるほうは災難だ。

指導を受けている側が、自分には才能がないとか、自分が悪い。とか感じて行き詰まっていたとしたら、指導者が自分の正しさを主張することに一生懸命になって、相手を見ていない可能性がある。

子どもが補助輪なしで自転車に乗れるようにするために、まずは、平らな広場等でペダルをこがずに、地面をけって前に進む練習をする。そうして、バランスをとって自転車を倒さずに進む感覚を十分につかんだ上で、ペダルをこいで進む練習をする。という段階をわたしは考えていた。

で、実際にある子どもにやらせてみたとき、平らなところで、地面をけって進むのが難しいようだった。すぐに倒れてしまう。

そこで、なんでこの子はできないんだ。ほかの子は、このやり方でできているのにおかしい。自分はこのやり方で、長年指導してきた。それで、うまくやってきた。だから、できないのは、この子の運動神経が鈍いからだと、子どものせいにしてしまったら、先に進むことはできない。経験が邪魔をして、目の前で起きていることを観察できなくなっている。また、自転車に乗れるようにするという結果に向けて、自分がうまく指導できていないという事実を認め、受け入れられていない。

それは学校の勉強でも同じ。この子はほかの子より頭が悪いんじゃないか、脳に障害があるんじゃないか、病気なんじゃないかとか、考えてみても、どこにも行き着かない。

必要なのは、その子にあった段階を設定してあげること。
小学校の高学年だから、もう10歳だからわかっていて当然だ。とか思いこむのは、相手を見ていないことになる。

ひらがなは書くことができていても、実はカタカナの一部が書けず、その延長で、漢字が読めない、書けないなんてことはざらに起こる。その場合は、カタカナから練習させて、読み書きできるようにしていく必要がある。5年生で、5年生の漢字が書けないからと言って、5年生の漢字を一生懸命、練習させてもうまくいかない。その子はますます混乱するだけだ。

子どもに、自転車の練習を公園の広場でさせても、すぐに倒れてしまう状況が続いている。そこで、思いついたのが、地面をけって進む前に、もう少し低い段階を設定すること。近所にわずかに下り坂になっている遊歩道があった。昼間の人通りはわずかだ。そこにつれていって、ただ、自転車にのせて、くだらせる。地面をける必要もなく、自転車は自然に進んでいく。下り坂はゆるいので、それほどスピードはでない。何回かやってみな。と、勝手にやらせていたら、気がついたら、あ!できた!という瞬間があって、バランスをとって自転車を進めさせる感覚がつかめたようで、それができたら、すぐにペダルをこぎはじめて、そのまま、こいで進めるようになっていた。それまで、何度も公園の平らな広場で練習してきたが、なかなかうまく行かなかったことが、適切な段階を設定することで、わずか数分でできるようになった。

天才的なプレイヤー、優秀な技術者が、優秀な指導者になれるとは限らない。当人ができていること、できて当たり前だったりするので、どうしたらできるようになるか、わざわざ考える必要も、人に伝える必要もない。だから、できない人になにが起こっているのか、想像することが難しい。

ちょっとした小技ではあるが、フライ返し。大きめのお好みやきやら、ホットケーキを焼いているとき、他に道具を使わずフライパンだけを動かして、裏返しにひっくり返す。思い切ってひょいっとやれば、できるのだが、どうやってやるのか教えてと言われても説明するのが難しい。ひょいっと思い切ってやればいいんだよなどと、感覚的なことは言えるが、具体的にどうやっているのか説明することができない。自分は、簡単にできるが、人によっては難しいことのようだ。自分には、人がなぜできないのかが、よくわからない。だから、やり方を伝えるのが難しい。
天才と言われるような人は、おそらく、この何千倍も技能を要するようなことが、わたしのフライ返しのように簡単にできてしまう状態にあるのだろう。それで、その技能がなぜできるのか、どのようにやっているのか、説明するとなると、感覚的な言葉ばかりでてきて、できない人が理解できるような説明にはならなかったりする。

親御さんが子どもに対して、この天才的なプレイヤー状態に陥っていることがよくある。子どもになんでこんなこともできないのかといらいらして怒ってしまう。
それで、冷静に子どもの状態を観察することができていない。子どもだと特に、あまりにも簡単すぎるように思えることが、できない状態にある。親御さんは、そんな状態が存在すると想像することができず、現実に起きていることを受け入れることが難しくなる。指導する相手が、自分の子どもだった場合は特に。それで、子どもにとって、高すぎる段階を設定して、子どもはさらに失敗して混乱して、親御さんはこの子は大丈夫かしらとますます不安になったり、いらいらしたり。さらにその様子をみた子どもはさらに混乱して、と悪循環にはまっていく。

自分一人で、技能を習得しようと努力するときは、一人で、指導者と生徒を兼ねていることになる。自己流がうまくいかない理由のひとつは、自分の状態、レベルを適切に観察することが難しいから。指導者として、自分のことを客観的に見ることができないわけではないが、難しい。適切なレベルの練習をできているのか、練習を続けていて、上達しているのかどうか、自分ひとりで客観的に判断するのが難しい場合がある。自分はすごいんだと、勝手に一人で思いこんでいて、基本練習をおろそかにし、むやみに高い段階の練習をしようとする。それで、ある程度の時間をかけてみても、端から見たら、上達していない。

また、自分はまだまだだと勝手に思いこみ、いつまでも基本練習を繰り返す。いくら腕立て伏せが100回できたところで、水泳選手だったら、その筋力を推進力に変えられないと意味がないし、野球選手だったら、バットにボールを当てて、ある程度ねらった場所にボールを飛ばせるよう、コントロールするために、その筋力を使えないと意味がない。

他の人との比較がないので、こうすればできるようになるはずだという、固定観念にもはまりやすい。

空手をやっているという男。北海道で5本の指に入るとか豪語していた。当然どこかの道場に通っているんだろうと思ったら、通信教育で毎日自宅の部屋で練習しているとのこと。一人でやっているのに、自分はかなり強いと勝手に思いこんでいる。毎日練習を続けているのはすごいのだが、どの程度、技術が向上しているのかは、客観的に見る必要がある。「強い」というその根拠がどこからくるのかがよくわからないので、その強さはその男の勝手な思いこみでしかない。

私は学生のころ、トライアスロンの大会にでようと思い、水泳の練習をひとりではじめた。自己流で練習していたが、高校生になり、水泳部に入って、フォームがおかしいと先輩に指摘され、かなり直された。自分ではできているつもりでも、外から見てもらったら、できていない動きがあり、水の抵抗を増やしてしまうような無駄な動きがあった。自己流でやっていたために、変なくせがついてしまっていたようで、くせが抜けるまで、たびたび注意を受けた。自分の泳ぎを向上させるためには、他の人の目によるチェックが必要だった。一人でやっていては、無駄な動きをしていることに気がつけなかった。


肝心なことをまとめると、なにかの技術を習得しようとするときには、段階を踏んで、一歩ずつ高いレベルのことができるようにしていきましょう。そして、勉強の壁の一つ、段階の飛び越しには気をつけましょう。というだけの話。
適切な段階でもって、少しずつ技術のレベルをあげていく。それで、どんなことでもできるようにしていくことができる。適切な段階を設定して進めていければいいのだが、おもに指導者側の原因で失敗している様々な状況を書いてみた。





250 勉強しなさい!の行く末

    うちの子、勉強しないんです。


  よく耳にする言葉。

  でそのお母さま、解決策は


    勉強しなさい!


  とどなること。

  息子さんは、しぶしぶ勉強をはじめます。

  でも息子さんは、実際のところ、
  言われるたびにやる気を失っていきます。

  テストでは、いい結果を出せるかもしれないし、
  出せないかもしれません。

  ただ、その勉強は本人の意志でやっていないので、
  息子さんの人生で役に立つものにはなりません。

  テストが終われば、すべて忘れてしまいます。


  で、その後もずーっと、


勉強しなさい!


  と言い続けなければ、勉強をしない状態になります。


  大変ではありませんか?


  これでは、お互い、幸せではありません。


  この調子で行くと、息子さんの将来はどうなるでしょうか?


  どこかで、


    ごちゃごちゃうるせえんだよ!


  と返されて、まったく言うことを聞かなくなる。

  もしくは、ただ従順に、言われたことはやる。
  指示されている勉強はやる。

  で、学校の成績は良かったりします。

  一見すると、良い子のように見えるのがくせ者。

  怖いのは、こっち。
  「学校」では、それでやっていけるかもしれません。

  でも社会にでたら、求められていることは、
  「学校」とはかなり違います。

  言われたことをやる。
  それはできて当たり前、
  その先、自分で考えて、行動することが必要になってきます。

  言われたことをやるだけだったら、
  他の誰でもいいわけです。

  で、誰でもいい仕事だったら、
  収入もそれなりってことになりますよね。


  いずれにせよ、必要なのは、
  興味を持って、
  自分で何かを勉強できて、
  で、勉強したことを使って、
  なにか行動を起こせる。

  ということ。


  もともと、何か新しいことを知るってことは、
  面白い事のはずです。

  それが面白くなくなって興味が持てないでいるとしたら、
  なにか、問題があるということです。



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基礎からわかる勉強の技術




計算ミスのなくし方

ごちゃごちゃした計算。
文字が3つも4つも出てくるような計算。
で、答えを出すのに、1回や2回の計算ではすまないたぐいのもの。
解き方とか、理屈はわかってるんだけど、
どうしてもミスしてしまう。

そんな場合に、その子が何をしているのか見てみると、
ちっちゃな字で、ノートや紙の余白の部分で
ごちゃごちゃっと計算している。

ノートや紙のスペースを節約したいのかもしれませんが、
それがミスの元。

字を大きく書いて、1問で見開き1ページ使う勢いので
ひとつひとつ思いっきり大きな字で、
書きながら計算してもらいます。

ミスのしようがありません。

これで間違えるんだったら、
なにかを理解してません。





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249 算数、数学でも実物が必要

計算ばっかりやってると、
数学って計算することかと思ってしまいがち。

大人になってから、辞書で数学の意味を調べたら、


  量や形を扱う学問


とありました。

よくよく思い返してみたら、
数はなにかの量を表しています。

で、その数に単位がついたら、何のどんな量なのかが
はっきりします。



人が30km/分で歩くと回答する生徒さん。

いろいろ間違っています。

まず、1分がどのくらいの量なのか?

これは、時計というものがあるので、
わかりやすいです。

まあ、1分は時計の秒針が1周まわる間の時間。

実際に時計で秒針が回っているのを見させます。

一分ってどういうことなのか?

実感をともなって理解してもらいます。


30kmを見るのは1分より、
工夫が必要かもしれません。
まず、

1kmがどのくらいか?

中学生だったら、校庭のグラウンド一周が
どのくらいか聞いてみます。

1周が200mだったら、何周したら1kmで、
30kmはじゃあ、グラウンド何周分になるのか?

あと、

池袋から、30kmの地点といったら、どの辺になるのか?

と地図を見せたりします。

で、最後に、


km/分ってのはどういうことなのか?




1分で、何キロ動くか。

ってことですね。


じゃあ、この30km/分で歩くってのはどういうこと?





・・・




  いや、この人、巨人なんです。







屁理屈はいいから。


とにかく、間違えていたことは理解したようです。


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248 実際に見てみよう。無理やり暗記する前に

水素がH
ヘリウムがHe
リチウムがLi
  ・
  ・
  ・

と何かの名前やら記号やらをひたすら繰り返して
ぶつぶつ言ったり、書いたりして覚えようとしている中学生。

しかめっつらをして、つらそうです。



 水素って見たことある?


  いや、ありません。


 まあ、気体だから見えないんだけどな。
 学校で実験やらなかった?火をつけたら水ができる実験。


  ああ、先生が見せてくれましたよ!
  水素使いましたよ。
  ボンっていって、水ができました。


ヘリウムはどこで使われるか知ってる?


  知りません。


  多分、子どもの頃、ヘリウムもらったことあると思うよ。
  スーパーの開店とかで。


  え、何ですか?


 宙に浮く風船もらったことない?


  ああ、あります。


 あれの中身がヘリウムなんだよ。
 ヘリウムはな、まわりの空気より軽いから浮くんだよ。


  そうなんですかー


 あとこれな、見てみて。


携帯電話の電池を取り出して見せます。


 リチウムイオン電池って書いてあるだろ。
 リチウムはな、充電池によく使われているんだ。


と順番に見せられるものは見せて、
あと生徒さんが見たことがありそうなものは、
それがどこにあるものなのか、
なににどういうふうに使われるのか、
自分で見つけさせたり、
ヒントを出して見つけられるようにしていきます。

すると、

気がついたら覚えていた。

なんてことになります。


他の分野でも同じ。



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基礎からわかる勉強の技術


あったらほしい教育機関

たとえば誰かが、パン屋さんをやりたいと思ったとします。

パン屋をやるには、知って、できるようにならなくては
いけないことがたくさんあります。

まず、おいしいパンの作り方。
材料はなにが必要で、
よい材料はどこで手にはいるのか?
パンを作るための道具は何が必要で、
どこで買うのか?あと手入れのしかた。

次に、お金のやりくりのしかた。
どうやってお金を用意したらいいのか?
できるだけ長くパン屋を続けていくために、
どういう風にお金を動かしたらいいのか?

あと、どうやってお客さんを集めて、
何度も買ってもらえるようにするか?

従業員を雇って、
どうやって一緒に働いていけるようにできるか?

などなど、知っておく必要があることはたくさんあります。


でも、こういうことは、
わたしは学校では習いませんでした。

ただし、こういったことが
世の中で生きていくために必要な知識と技術です。


中学校を卒業したら、
パン屋さんをやりたいと思った人は
卒業した時点で、もうパン屋をやっていける。
それで数年後成功したら、
誰かにパン屋を継がせることができる。


こんな教育が行われるようになったらいいのではないか?
とわたしは夢を見ています。


そこで行われる勉強の目的は、
あくまで実際に何かを行うことができるか?


    パンを作れるか?


    お客さんを集められるか?


    経営を続けていけるか?


です。

試験で85点以上とることではありません。


で、こういう学校とか教育機関、
これから先、必要だと思いませんか?

大学出て、就職する。
という以外のルートが今後必要とされる気がしています。



入学したばかりのころは、笑顔の素敵なとってもいい子でした。 彼が笑顔を取り戻すことはできるのでしょうか?・・・病気扱いする前にやることがあるはず。

新聞を読んでいたら、家庭欄の記事が、目に入りました。

おそらく、小学校の先生が書いている記事です。

————————————————–
ある一人の子について困っています。
その子は、クラスで浮いてしまっています。

ドッチボールをやるとき、ボールがその子に当たります。
ルールでは、陣地の外にでなくてはいけません。
なのに、その子はボールを投げた子に腹を立てて、
つかみかかっていきます。
こういうことがたびたび起こるので、
クラスで彼は、相手にされなくなりました。
そうなると、そうなったで、
彼は仲間はずれにされたとおこりだします。
ますます彼は、クラスで浮いてしまいます。

入学したばかりのころは、笑顔の素敵なとってもいい子でした。
彼が笑顔を取り戻すことはできるのでしょうか?

————————————————–

というような内容でした。

わたしは、最近子供ができた、ということもあり、
子供をどういう風に育てていったらいいのか、
考えることがふえました。

わたしは、考えるとき、自分が子供の頃どうだったか、
をまず思い返します。

わたしは、幼稚園に通っていたような年齢の頃、
まわりの男の子たちのほとんどは野球をやって遊んでいました。

わたしは、それにはほとんど関わりませんでした。

なんでか?

全然わからなかったのです。

バットにボールをあてて、遠くまでとばせばいい。

というのは、見ればわかります。
でも、その先が全然わからないのです。

だから、人数あわせのために
野球に誘われることもたびたびありましたが、
いつも断っていました。

わたしは、なんで野球がわからず、
まわりの男の子たちと一緒に遊ぶことができなかったのか?

いまなら、その原因が分かります。

それは、私の協調性が足りないのではなく、
脳内物質のバランスが崩れていたわけでもありません。

わたしは、野球用語の意味を知らなかったのです。
野球には

ストライク
ファール
ボール
ファースト
セカンド
サード

などなど、野球でしか使われない用語がでてきます。
さすがに、ホームランの意味は知っていましたが、
上記の言葉の意味は、その当時知りませんでした。

野球をするとき、上記の言葉は必ずでてきます。
わたしは、その意味がわかりません。
そのため、周りの男の子たちの言っていることが理解できません。
また、当然、野球のルールもわかりません。

そんな状態で、野球をすることはできません。

野球をするときにでてくる用語の意味を
その当時理解することができていたら、
誘われて、断ることはたぶんなかったでしょう。


上の例であげた子は、ドッチボールのやり方を理解していません。

いまだったら、わたしは彼に対して、

ドッチボール
ゲーム

見方
陣地
外野
内野

といった、ドッチボール用語を理解させてあげるようにします。
そうしたら、彼は、まわりの子たちとドッチボールをやって
遊べるようになるでしょう。

さらに、クラスでうまくやっていくことも
できるようになるはずです。

単語の意味を知らないことが、
結果として、人間関係に大きな影響をおよぼしてしまうのです。

それは、間違っても「脳」の問題ではありません。


おすすめめ辞書。他の小学生向け辞書とくらべると、定義付けがきちんとなされています。
下村式 小学国語学習辞典 第2版


それを病気にしてしまうのは、なんのためなのか?

あるお母さま、
息子さんが4月から小学校に上がるので、
学校説明会に行ってきました。

地元の区立小学校。

特別支援教室の先生から、
お話がありました。

授業中、座っていられない。
おしゃべりが止まらない。、
感情が抑えられずに腹をたててしまう。
集中できずに寝てしまう。

などなど。

それは、病気の可能性があります。
病気なんだから心配する必要はありません。

専門家に診断を受けてください。

とのこと。

お母様は、なんか違うんじゃないかと思った。
と、話してくださいました。

診断を受けて、病気だということになったとして、
それでなにかがが解決するのか?
私は、疑問に思います。

まあ、「病気」ということにしてしまえば、
それ以上、考えたり悩んだりする必要が
なくなるのかもしれません。

表に現れている、態度だったり、
感情を強制的な手段で抑え込むことはできるでしょう。

でも、それが本質的な解決策だとは、
わたしには、思えません。

私自身、学生の頃は
授業中、よく寝ていました。
教科書や参考書、開くと、数分もたたずに、
眠気がおそってきたものです。
勉強していて、いらいらして、
部屋の壁に穴をあけたこともあります。

でも、今は、なぜそのようなことを
私がしてしまっていたのか、
原因がわかっています。
で、対処することができます。

中学生や小学生に対して、
勉強をさせていく中で、
イライラしたり、眠くなったりする子は、
必ずでてきます。

問題なくやっている子は、
そのままやらせておけば、勝手に進みます。

だから、私が何かしら、指導する必要も、
ありません。

勉強していて、イライラして、
まわりにあたりはじめた。
気がついたら、寝ていた。

目の前の子が、そうなったときが、
指導者としてのわたしの腕の見せ所。

勉強を始める前は、
とくに問題はなかったのだから、
そうなった原因は、勉強の中にあります。

で、場合によっては、多少時間がかかったり、
ずっと前に戻す必要があったりはしますが、
最後には調子よく勉強をすすめられる状態に
戻すことができます。


親子で楽しむ学び方 LEARNING HOW TO LEARN

勉強ってなんですか?

  勉強って、なんですか?

と聞いたら、

  覚えることです。

という回答。

それでは、頭の中に役にたたないがらくたを
大量に詰め込むことになりそうです。

どこかに書いてあることを、
ひたすら覚えることは
テストのためにはいいかもしれませんが、
生活や仕事のためには、
なんの足しにもなりません。

役に立てるための勉強をしたくありませんか?

メルマガ
「勉強ができないのはやり方を知らないからだ!248号」
配信しました。



数学で7点。

ある中学1年生、三学期で数学のテストの点数が100点満点中7点でした。

数学は段階を踏んで勉強する必要があります。
以前の段階ができるようになっていないと、
次に進むことはできません。

前に戻ってやりなおす必要があるとわかってはいても、
学校では授業が進んで行くし、
定期テストなんてものもあります。

目の前のテスト勉強をしなければならないという
プレッシャー。

しかし、中二だから、中二でやっている数学を一生懸命
勉強しようとしたところで、
わり算ができなかったら、
分数の計算ができなかったら、
どうにもなりません。

数学が理解できるようになるために、
小学校の算数で、できない部分を段階を踏んでやっていきます。

人によってかかる時間はまちまちですが、
最終的には、学校でやっている内容を理解できるところまで、
追いつくことができます。

それで、一年後の三学期、数学で7点をとっていた子は
70点をとるまでになりました。

前に戻ってやり直す必要があると感じていたとしても、
どこまで戻ってやる必要があるのか?
見つけられる人は残念ながらめったにいません。

生徒が理解しているのか理解していないのか、
確認されることなしに、
授業はどんどん進んでいきます。

だから、今の教育システムの中では。
数学ができなかったり苦手な人は、
いつまでたってもずっと苦手なままにされてしまいがち。




数学がつらくて泣きながら勉強してた高校生が、

  数学がつらくてつらくてつらくて泣きながら勉強してます。
  やってると消えてしまいたいとまで思うようになります。

  誤解語をなくしていけば、勉強は楽しくなるんでしょうか?

という内容のメールをもらいました。

つらくて苦しんでいるのはよくわかります。
抜け出す道はあります。でも適切なアドバイスをするには、
もう少し詳しい状況を知りたい。

  数学用語がたくさんあります。
  それを理解した上で段階を踏んで、順番にやっていくことで、
  できるようになり、できるようになれば、面白くはなっていくものです。
  もう少し状況を教えていただけますか?

と基本的なことを伝え、返信がきたら、それに基づいて、
何かしようとしていました。

ところが、翌日になっても返信がない。

どうしたかなーと気になっていたら、
翌日の晩に返信が来ました。


  もう勉強がとまらないんですー


えええええ???
何が起こったんだ?


  数学用語を理解してないと気付いて辞書や教科書で調べて
  習った範囲の教科書の問題を一通りやったんです。

  スラスラ解けて夢中になっていてふと気付いたら夜の0時をすぎていて
  でも楽しくてまだまだ勉強したくってたまらなくなってしまったんです!!

  数学がとても簡単に思えました。


なんてこったい。
まったく素直な子はやることが速い。
結果出すのも速い。
素晴らしい限り。



早起きする方法

  早起き苦手なんですよー。どうしたら早起きできますか?
  目覚まし2つ使ってもダメなんです。

目覚ましなんかに頼ってるから、起きらんないだよ。
若いんだからな、睡眠時間はしっかりとっときな。
7時間とか、8時間。

で、早起きする方法はな、

1.寝る前に何時に起きるか決める。
2.寝る
3.決めた時間に起きる。

以上だ。
目覚ましはなし。


  え?

  いやいやいや、そんなんじゃむりっす。
  無茶言わないでくださいよー
  寝坊したらどうするんですかあ~

  だいたい、そんな決めた時間通り起きられるわけないじゃないですか!


まあな、おまえがそう言いたくなる気持ちはよくわかる。
他にも、できない理由あるか?


  だって、いくら起きようと思ったって、
  目覚まし消して寝ちゃうくらいなんですよ。
  起きるって、起きられないから聞いてるんじゃないですかあ!
  なに意味分かんないこと言ってるんですか?まったく。


そうだな、無理だよな。
じゃあひとつ、今やってほしいことがある。

そのいろいろでてくる起きられない理由を、
全部この紙に書きだすんだ。

   ・・・

  できました!

うわ、いっぱい書いたなー

じゃあな、早起きする方法は

1.寝る前に何時に起きるか決める。
2.寝る
3.決めた時間に起きる。

だぞ!


  いやー、そんなんで起きられたら苦労しませんよー


まだ書ききれていないようだな。
もう一枚やるから、その頭に浮かんでくるできない理由を、
全部書きだせ。

   ・・・
  
  できました!


よし!じゃあな、早起きする方法は、

1.寝る前に何時に起きるか決める。
2.寝る
3.決めた時間に起きる。

だぞ!


   はい。


というわけで翌日。


  せんせー起きられました-
  目覚ましなる前に起きちゃいました-
  
  いったいいままで何やってたんだって感じですー
  考え過ぎでした-

  起きればいいんですよね。起きれば。
  ただその時間になったら起きるだけでした。

  目覚ましもいらなくなりそうです。




英語は日本語ではない 3

英文読解の参考書で、品詞分解して、ですべての単語が、それぞれどこにかかっているのか見ていくという演習を繰り返すものがあった。

自分も繰り返しやってみたら、英文の構造が見えてきた。これはおそらくネイティブの人は意識するまでもなくわかっていること。まず、英文の構造があって、その上に意味がのっかる。

一つの単語に意味がいくつもあり、どの意味をとればいいのかが、はっきりさせられないことがあった。それも、その単語が他のどの単語にかかっているのかをはっきりさせると、その単語がどう働いているのかがわかり、意味はこれしかないと特定できた。

いちいち、品詞はなにでで、それがどこにかかっているのか、チェックしながら読んでいくのは、はじめのうちは手間も時間もかかった。でも、実は、これが、英語を英語として理解するための最初の段階なのではないか?

これで、英語を日本語に訳して理解するのではなく、そのまま前から読んだり聞いたりして理解できるようになるための、道筋を見つけることができた。


英語リーディング教本―基本からわかる


英語は日本語ではない 2

どうしても聞きたいと思った講演があり、その講演は、英語で話されている。

英語うんぬんという以前に、私はその人の話を聞いてみたい。

好奇心から、英語を勉強する、というよりも、その人の考えを理解するために、その人が使っている言葉を理解する努力をはじめた。

その人は英語で話している。単語は辞書を使えば意味が分かる。しかし、単語の意味が分かっても、長い文章、一文が4行とか5行もあるような文章は、単語はわかっていても、なにがどうつながっているのか、さっぱりわからない場合があった。アメリカ人はこれを前から順番に読んで、というか聞いて、意味が理解できる。自分は、単語をあれこれ並べ変えて日本語にして理解しようと努力していた。
で、パズルのように、単語を前にやったり後ろにやったりあれこれ動かして、なんとか意味をとることができた。

しかし、アメリカ人は、これを前から順番に読んでいる。

どうしたら、これが、前から順番に読めるのか?

それが疑問だった。

適切な文法の知識があればできるのだろうと、文法の参考書をあれこれ買ってきて勉強してみた。
今まで受けた学校での教育は、英語を日本語になおして理解しようという試みだった。

英語は英語であり、日本語ではない。英語と日本語は違う。

英語は英語のまま理解できるようになれるはず。






英語は日本語ではない 1

企業内で英語が公用語化されるとかいった、現代の風潮には、反抗的な気分でいた。

英語なんか誰が勉強してやるか!

とどこかで思っていた。

学生時代に英語で苦労して、無理に暗記しようとするのだけど、できなくて、でその結果、試験で点数がとれない。理解できず苦痛な状態でいて、試験で結果がでないので、さらに勉強しろ。という圧力が強まる。ただ単に書いてあることを理解するのではなく、ただ単に暗記することを強いられる。頭の中は、英単語や熟語のまとまりでいっぱいだが、それを組み合わせて、文章を作ることはできない。

文を読んで、知っている単語を適当に組み合わせて無理矢理、日本語の文にする。で苦労して苦痛をこらえながら、その作業をするが、その答えは間違っていると否定される。ふんだりけったり。で、なにが間違っているかもわからないまま、ますます混乱していく。

努力して、頭の中にあれこれがらくたを詰め込むが、努力はむくわれず、頭は働かなくなり、勉強がさらに苦痛になりもうやってられない。というのが学生時代。

勉強の技術を知り、まずは、単語と文法を理解する必要があると知った。

→ 基礎からわかる勉強の技術

で、英語の根本的な組立て方があり、それはわずかな数のルールから成り立っていて、で、すべての英文はそのルールに基づいていることを知った。5文型。高校生の文法の参考書を見直すと、たいてい最初にでてくる項目。

それで、頭の中の大量のがらくたが、それぞれつながりを持ち始め、整理されていった。

それで、仕事など、必要に迫られた部分で、勉強はしたが、でもまあ、せいぜい中学生レベル。
苦痛だった気持ちはまだ残っていて、ふとした瞬間に、よみがえってくる。それが、誰が勉強してやるかと、反抗的な気分のもとになっていた。

英語の勉強を、今から本格的にはじめる理由も動機付けもなかった。






いちばん伝えたいのは、泳ぎ方ではなく

ほかの友達は泳げるのに、おれは泳げない。

とべそをかいていた息子。

それで、週に一度、夜に、近所の区民プールに息子たちを連れて通い始めた。


  きびしい特訓だ!


とのりのりの彼ら。

ビート板を持ってのバタ足から練習を進めていった。


で、最後の夏の検定試験の日。


  25メートル泳げた!


と赤い星が増えた水泳帽を見せてくれた。



去年、プールに連れていった時は、泳ぎを教えるといっても、遊んでばかりで教えられるような状態ではなかった。

親の方から、何かをやらせようとしても、こどもが自分でやりたいと思わない限り、うまくいかない。

今回は、本人が、泳げるようになりたい!
という強い気持ちがあった。だから、練習も進められた。

なによりも一番手に入れてほしいことは、泳ぎ方というよりも、何かができるようになるという経験。


 できた!


という経験が自信につながる。

ただ、それも、これをやれと親が押しつけてはうまくいかない。




親子で楽しむ学び方 LEARNING HOW TO LEARN



子育てで、得られる3つの楽しさ

1.視点が増えて、毎日の生活で感じることが何倍にもになる。

ゆずの木の葉っぱを、音がする勢いでバリバリ食べているアゲハチョウの幼虫。

葉っぱごと虫かごに入れると、しばらくその様子を凝視している息子。

ある程度の年をとって、日々の生活に仕事に追われる中で、虫なんかどうだっていいし、それは、自分とは関係のないものだったはず。

息子の様子を見て、自分も子どもの頃、アゲハチョウの幼虫を見るために、ベランダで、食べ終わったグレープフルーツの種を植えて、育てていたことを思い出した。で、一度か二度、さなぎまでそだって、それが成虫になったのを見れた。もう一度見てみたいと、グレープフルーツの木に水をやり続け、育てようとしたが、そのうち、木に元気がなくなって、葉っぱも元気がなくなって、アゲハチョウがくることもなくなってしまった。

自分が当時がっかりしたことを思い出す。

でも、今、大きなゆずの木があり、幼虫が何匹もいて、でそのうちの何匹かはチョウになるだろう。その様子を今は観察できる。

自分の中のがっかりしてそのままになっていた子どもの部分がとってもうれしい。

 

息子が熱心に観察していることで、自分も子ども時代の興味がよみがえる。

 

誕生日プレゼント

次男の6歳の誕生日プレゼントにサッカーボール。

それで、最近毎朝、公園でサッカー。パパVS長男、次男。

子供たちにとっては、単純に点数をとって勝ち負けのゲーム。

私は、子供たちにとって、強すぎず弱すぎず、ゲームとして楽しめる程度の加減を調節するのがゲーム。子供たちが、楽しめて、練習を続けられるようにすることが目的。

プレゼントしたいのは、ボールというモノではなく、ゲームとか、練習を継続して、なにか技能を身につける楽しさ、あと、健康な身体。